文章修行

文章修行のためにあれこれと書いていくブログです

個人ブログが読まれなくなったのは、当然といえば当然なのでは

最近ブログは読まれなくなったという話をよく見かけるけれど、あるべき姿に落ち着いただけではないかという気もしている

 

私も個人サイトの運営をしているが、PVはかつての10分の1以下にまで減っている

しかしそれも考えてみると、当然なのではないだろうか

特に有名でもない個人が、ちょっと文章を書いてネットに上げるだけで簡単に数千PVとか得られていたのが、異常といえば異常な状態だったのだ

 

世の中には時々そういったボーナスタイムが発生するけれど、そんな状況は長くは続かない

ネット空間の価値が向上し、知名度のある人もネット上で積極的に活動するようになってくると、必然的にそちらのほうに注目が集まるようになって、名もなき個人の発信には目を向けられにくくなっていく

 

また、文章表現の主戦場はブログからSNSへ移行し、文章よりも動画の方が注目されやすくなるという、環境の変化も発生した

これらの要因によって、個人ブログへの注目度は大きく下がっていくことになる

 

ボーナスタイムのうちに本を出して、ある程度売れるところまでこぎつけて作家という立場に成り上がった人たちは、書き手として仕事をしていけるようになったし、そこまでいけなかった人はちょっと文章を書くだけではPVも集められないし、収益も得られないようになった

 

どんな仕事でもそうだけれど、プロと呼ばれる立場にまで行ってしまわないと、やがては簡単に収益や注目が得られるような状態は終わってしまい、後には細々とした道しかなくなってしまう

 

私はブログにおいては、PVを得ようとかお金を得ようとかは考えておらず、その時々で新しく考えたことや、まだ考えがまとまりきってないことを形にしようといった目的で文章を書いている

それが個人ブログというものの本来のありようなのではないかと思っている

AIがあってもアプリの制作ペースは変えない方がよいのかもしれない

私は個人でスマホアプリを作っているのだけれど、だいたい年に2本くらい新しいものをリリースしている

アプリを作っていない期間に何か良い企画はないだろうかと考え、出てきたものの中から有望そうだと感じられるものを実際に作る、という感じでやっている

 

今はAIが出てきたことによって、コーディングを自分でやる必要がなくなり、その分の労力的なコストは大幅に減少した

制作時間も以前と比べると半分くらいになっている

 

だからたくさんアプリを作ればいいかというと、そうでもないと感じている

短期間でぽんぽんとよい企画が出てくることはないし、そこの部分に時間をしっかりかけないと、アプリを制作しても成功率は低くなる

 

コーディングの労力分のコストが下がっても、アプリを作っている間には、機能やUIなどの細かい仕様をどう設計・実装していくかを考え続けなければならないので、頭脳に大きな負荷がかかることにかわりはない

作った後でどのようにマーケティングをするかも考えないといけないし、AIが代替することによって軽減されるのは全体から見ると30%〜40%程度なので、そこだけが軽くなったからといって、アプリを大量に作ってよいということにはならない、と考えている

 

なので制作の周期やペースといったものは、あまり変えない方がよいのだろう

楽に作れるようになった分だけ企画や構成、使い勝手を良くするためにはどうすればいいのかといったことを考えるのに、多くの時間を割くようにした方がいいのかもしれない

毎日少しずつ運動するようにしてみた

以前は運動を2日に1度やるペースにしていたのだけれど、間を開けると疲れがたまっている時などにさぼってしまうことが多くなっていた

 

これを変えるために、毎日少しずつやるようにしてみてはどうだろう、と思って実行している

1日の中でも1度にまとめてやるのではなく、朝昼夜と少しずつ分散して運動するようにしている

 

具体的にはあちこちの部位の軽い筋トレとウォーキングをしている

これをやってみたところ、運動の量を負荷が大きくなりすぎないように調整していることもあって、特に無理もなく継続できている

それに朝起きてからすぐに運動するので、血行が良くなる効果なのか、起きてから活動し始めるまでの時間も短くなった

 

毎日運動すると、じわじわと疲労がたまってくるところはあるので、土日は運動しないで軽くほぐす動きをする程度にしている

 

このやり方だと一定の期間ごとの運動量を安定させられるので、なかなかよいやり方なのかもしれない

体重が安定し、体の動きが以前よりも良くなってきたという実感もあるので、しばらく続けてみようと考えている

何度支持を失っても、自民が復活してしまうのはなぜなのか?

ここ10年ぐらい政治についていろいろ見てきているが、野党の側が自民党に完全に勝利するという事はなかった

なぜそうなるのかと言うと、野党の側には政権を取れるだけの軸となる主張がない、というところに根本の原因があるのではないだろうか

 

自民が行っている政策は、もともと強い企業をさらに強くして、日本全体としては停滞しているが、一部だけでも活発な状態を維持すると言うものだ

その結果として、国内での格差は拡大していくが、日本は一定の経済規模の水準を維持している

こういった政策は、社会において主導的な立場にある富裕層や経営層から支持されやすいので、20〜30%程度の支持率を維持して自民は政権を取り続けている

 

それは非正規雇用などによって一部の人たちを犠牲にするものなので、少子化が深刻化していき、長期的に見た場合には日本の社会運営がうまくいくようなものではない

しかしそれにかわる政策を他の政党が打ち出せているかというと、できていない

 

自民が裏金や統一教会などの問題によって評判を落とすと、野党の得票数は増えるが、それは積極的な支持ではなく、政権に対する批判票でしかない

ある程度時間が経過してほとぼりが冷めてしまうと、結局は自民以外に有効な経済政策を出せている政党がないので、やっぱり自民に頼ろうとする流れができてしまう

 

新しい野党も出てきてはいるが、いずれもニッチな政治的な需要(新自由主義、排外主義、テクノロジー主義)に応えるといったタイプの政党ばかりで、自民の対抗になれる規模にまで成長するとは考えにくい

 

というわけで、日本の政治状況は行き詰まっているなと感じる次第

こういった状況は戦後から何十年も続いており、そもそも日本の政治の幅が小さく狭く、それゆえにこの社会は何も変わらないまま、じわじわ衰退していくのだろう

 

今の政治状況を見るに、誰かに大きな力を与えれば何とかしてくれるのではないか、と考えている人が多いのかもしれないが、そんなうまい事は決して起こらず、社会の歪みがますます大きくなって、苦しみを感じる人が増えるだけだろう

 

そうなったときにはいったん自民から支持が離れるが、またしばらくすると戻るということを繰り返してしまう

それは自民が優れているからというわけではなく、それ以外の選択肢を作り出せない日本という社会の単質性、幅の狭さに原因がある

 

このような状況では、政治への期待は下がる一方で、それが50%程度という投票率の低さに現れている

多くの人は特に世の中に期待せず、自分の生活を守ることだけしか考えなくなっているのではないだろうか?

 

社会を頼るのではなく、覚悟を決めて自分の意志で動いていく

そういったことが強く求められる世の中になってしまっているのだと言えよう

 

少し視野を広げて考えると、こういった問題は、資本主義国家において共通する課題となっている

富の偏在と少子化には、どの国も苦しめられている

資本主義は強者がさらに富を集め、弱者はさらに弱くなっていく、といった状況になりやすい経済構造なので、それを長期に渡って続けていくと、必然的にどこも苦境に陥り、やがて行き詰まってしまうということなのかもしれない

 

これを変えるには、過度に富ばかりを追い求めることをやめ、均衡化を図ってバランスをとらなければならないのだろうが、果たしてそういった方向に、人間が自発的に切り替えていくことが可能なのかどうかもわからない

 

たとえば、地球の環境に限界が来ることによって、嫌でも変わるしかない

そこまで追い詰められないと、現在の世界的な人間の動き方は変わっていかないのではないだろうか

AIエージェントを使用したら17円でアプリに言語を追加できた 自動で指示ミスも修正

最近さぼっていたのだけど、そろそろアプリ製作を再開することにした

今年からはAIエージェントを使っていこうかと思い、まず試しに既存のアプリの多言語化をやってみることに

VS Codeにclineを入れ、gemini 3.0 flashをthinking level highで使うことにした

 

アプリはFlutterで製作しており、すでに日本語のapp_ja.arbという言語ファイルが存在している

なのでこれをベースにしてapp_kr.arbというファイルを作って韓国語を追加して、とオーダーを出した

 

するとがしゃがしゃと動き始め、数分くらいで終了

 

ログを見ると

 

ご依頼では `app_kr.arb` とのことでしたが、Flutter (Intl) の標準的な言語コードは `ko` であるため、整合性を保つために `app_ko.arb` として作成し、内部の `@@locale` も `ko` に設定しました。

 

言語コードがkrだと勘違いしていたのだけど、指示を出さなくても自動でkoに直され、ファイル名も修正されていた

言語ファイルは600行くらいでそこそこ分量があったが、生成には時間はかからなかった

 

また、自動でこのデータを元にしたファイル生成のコマンドも実行されていて、自分では何もしなくても言語追加ができてしまったのだった

 

これでかかったコストはclineに表示されている分で0.11ドルとなっているので、17円くらいだろう

今回はgemini APIの無料枠で賄えたので、実際の支払いは発生しないのだけど

 

自分で手作業で翻訳やファイルの作成などをすると30分〜1時間くらいはかかりそうだけど、それがわずかな時間で低コストでできてしまうので、シンプルな作業ほどコスパよくAIエージェントは使えるのかも、と思ったのだった

 

次はアプリの製作を一からやってみて、どのくらいのコストになるのかを試してみようと思う

分散して個別株投資をするのは意味がないと思った話

もともと個別株投資をしていたのだけど、分散した方がいいよ、という声が多いので昨年はけっこう分散してみていた

 

しかしそうすると投資成績がどんどん市場の平均に近づいていってしまう

わざわざ手間暇をかけてよさそうな銘柄を探して買っても、平均と同じような結果になるのなら、手間をかけた分だけ損になる

それくらいなら、手間がかからない分だけインデックス投資をした方がましである

 

それに10枠とか15枠とか決めてそこを埋めようとすると、必然的にそこまで優良なわけでもない銘柄が紛れ込みやすくなり、それが投資成績を下げて平凡なものにしてしまう

 

なので分散をするのなら個別株投資をする意味はなく、集中投資をした方がよいのではないか? という結論になった

 

分散して投資をしていた中から、深く分析をほどこして選別していき、これがもっとも安定して長期的に成長しそうだ、と判断した銘柄に資金を集中させてみることにした

 

これがうまくいくかどうかは数年たたないとわからないけれど、今後はなるべく集中投資をしていくようにしたいと思う

 

バフェットも「分散投資は無知に対する保護だ。自分が何をやっているか分かっている人間にとって、分散投資はほとんど意味がない」と述べていることだし

 

ただし、いまのところはまだ私が「分かっている人間」なのかは不明なのだった

椅子を変えたらだいぶ調子がよくなってきた

3週間くらい前に仕事用の椅子を買いかえたのだけど、それ以来だんだんと調子がよくなってきた

 

以前の椅子も特に座り心地が悪かったわけではないのだけど、背もたれが小さかったので、よりかかって休みにくく、それが原因で肩や背中がこりやすくなっていた

 

なので背もたれが大きく、よりかかりやすいものと替えてみることにした

それからしばらくたつと、以前よりも肩こりなどが軽減されていると実感できた

 

仕事をしている間は前傾になりがちなので負荷はそれほど変わってないように思えるのだけど、あいまに背もたれにもたれかかって休めるようになったことで、回復の時間が作れるようになり、それで状態がよくなったのかもしれない

 

つまり休憩は大事ということですね

 

買ったのは3万円台のオフィスチェアで、背面がメッシュなので蒸れないのがよい

ゲーミングチェアとどちらがいいか検討したのだけど、こちらは全体が革張りで夏も冬も蒸れる、という話を目にしたのでやめておくことにした

また、時間経過とともに皮がぼろぼろ崩れてきやすくもあるらしい

 

というわけで、背もたれがしっかりしたオフィスチェアはいいぞ、という話でした